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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9514号 判決 1994年10月05日

原告 コスモ信用組合

右代表者代表理事 泰道三八

右訴訟代理人弁護士 荒井洋一

松本啓介

田中徹男

國部徹

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 江原勲

川上俊宏

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

東京地方裁判所平成三年(ケ)第二九一二号不動産競売申立事件につき、平成六年五月一三日に作成された配当表の「配当等」の欄のうち、被告の配当額金一八六万四六〇〇円とあるのを〇円に、原告への配当額金五億四四四三万四六五一円とあるのを金五億四六二九万九二五一円に変更する。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、別紙根抵当権目録≪省略≫記載の根抵当権(以下「本件根抵当権」という)に基づき、東京地方裁判所(以下「執行裁判所」という)民事第二一部に対し、東栄不動産株式会社所有の別紙物件目録≪省略≫記載の不動産(以下「本件不動産」という)につき不動産競売申立をなし、平成三年一二月二七日、平成三年(ケ)第二九一二号として不動産競売開始決定を得た(以下「本件競売事件」という)。

2  平成六年五月一三日、本件競売事件につき、別紙配当表≪省略≫(以下「本件配当表」という)のとおり配当表が作成された。

3  原告は、配当期日である平成六年五月一三日午前一〇時、執行裁判所において、本件配当表記載の配当額のうち、被告に対する配当額一八六万四六〇〇円全額につき、配当異議を申し立てた。

4(一)  被告、東京国税局ほかの租税債権者及びその他の私債権者は、本件配当表記載のとおり、それぞれ交付要求又は債権届出を執行裁判所に対して行った。

(二)  強制換価手続において国税が他の国税、地方税又は公課(地方税等)及びその他の債権(私債権)と競合する場合に、優先関係につきいわゆる「三すくみ」が生じるときの配当順序について、国税徴収法二六条が規定している。

これによると、

① まず、特別の優先債権がある場合はこれが優先する(同条一号)。

② 次に、国税、地方税等の租税債権と、根抵当権を有する私債権との関係では、根抵当権の設定登記の日と租税債権の法定納期限の先後により、優先する金額が租税グループへ分配される(同条二号)。

③ さらに、租税グループ内部では、法定納期限の先後にかかわらず差押(交付要求も含む)先着手の順序で配当額が決定される(同条三号)。

(三)  本件で、執行裁判所は、右準則に従い、まず、原告の本件根抵当権の設定登記日(平成二年六月二七日)に優先する法定納期限の租税債権として、

東京都主税局 平成二年二月二日付から同年五月一日付

一四五万六六〇〇円

東京国税局 平成二年五月一日付

四〇万八〇〇〇円の合計一八六万四六〇〇円が、原告の債権に優先するとした(以下この優先債権を「租税グループ債権」という)。

(四)  次いで、執行裁判所は、租税債権内部の優先順序につき、差押先着手があったとして

東京都主税局 平成二年七月一一日付から平成三年一〇月一一日付

四四三二万円のうち四九四万四三〇〇円が、前記租税グループ債権に優先するとし、前記租税グループ債権の金額一八六万四六〇〇円全額を右債権に配当する旨の配当表を作成した。

5(一)  原告は、本件競売手続の債務者である東栄不動産株式会社に対し、本件以外に数件の不動産競売を申し立てており、本件に先立ち、平成五年八月三日、東京地方裁判所平成三年(ケ)第二九〇九号事件につき配当手続が実施された(以下「第一競売事件」という)。

(二)  右競売についても、東京都主税局及び東京国税局は、本件租税グループ債権につき交付要求をなし、これに基づき、執行裁判所は、国税徴収法二六条二号の規定に従って、右租税債権が原告の根抵当権(平成二年九月二七日付)に優先するとした。

しかし、東京都主税局と東京国税局は右租税グループ債権につき差押先着手をしていなかったため、右租税グループ債権額は原告の根抵当権に遅れる他の租税債権(東京都主税局・平成二年一〇月三一日付)に配当された。

6(一)  さらに、平成六年四月七日、東京地方裁判所平成三年(ケ)第二九〇八号につき配当手続が実施された(以下「第二競売事件」という)。

(二)  右競売事件についても、東京都主税局は前記租税グループ債権と同一の租税債権につき交付要求をなし、これに基づき執行裁判所は右租税債権が原告の根抵当権(平成二年二月二七日付)に優先するとした。

しかし、やはり同様に、右東京都主税局は右租税グループ債権につき差押先着手をしなかったため、右債権額は原告の根抵当権に遅れる他の租税債権(東京都主税局・平成二年五月一日付)に配当された。

二  原告の主張

被告の本件配当額は一見適法に決定されたようにみえる。しかしながら、次のような経過から、被告及び東京国税局による租税グループ債権の優先権の主張は著しく不当であり、右方法による配当額の決定が違法であることが明らかである。

1  国税徴収法二六条は、前述のように、国税、地方税等と私債権との三すくみを解消し、優先関係を合理的に調整し、その順位を定めるものである。私債権と租税債権との順位の基準は、もっぱら抵当権等の登記日付と法定納期限との先後によるとされており、法定納期限が優先する租税債権はその限度で私債権の犠牲のうえにその優先権を主張することができる。このような私債権の犠牲による租税債権の優先は一回的、終極的だと解すべきである。

2  ところが、租税債権内部では差押先着手の結果、法定納期限の遅れる租税債権が配当を受けることがあり得る。その結果、私債権との関係で優先するとされた租税債権が残存する結果、次の配当手続に再度優先権を主張できるかにみえる。

3  しかし、このような優先権の主張は、前記国税徴収法二六条二号の趣旨を著しく逸脱するばかりでなく、極めて不公平・不公正な結果をもたらす。すなわち、私債権と租税債権との優劣関係は既に国税徴収法二六条二号により決着ずみであり、同条により租税債権に劣後する私債権者は既に不利益を甘受しているのに、右交付要求が他の租税債権に遅れてなされたという私債権者のまったく預かり知らない偶然的な事情によって租税債権が残存し、その結果、私債権者は何度も同様の不利益を被ることになるからである。

租税債権者は法定納期限が優先する債権について交付要求が遅ければ遅いほど、その債権によって何度も配当を受領することができるのである。このような結果が不当であることは明らかである。国税徴収法二六条二号は、既に一旦私債権に対し優先権を行使した租税債権について優先権を認めるものではないと解すべきである。

4  これを本件についてみると、本件で租税グループ債権とされた租税債権のうち、東京都主税局分は、第一、第二競売事件の双方で既に二回優先権を行使した債権であり、今回が三回目の優先権行使となり、また、東京国税局分は、第一競売事件に次いで二回目の優先権の行使となる。このような反復的な優先権の行使は、国税徴収法二六条二号の趣旨に反し、違法である。したがって、本件配当手続には同法違反の瑕疵があり、これに基づく合計一八六万四六〇〇円被告へ配当する旨の配当表の記載もまた不適法となり、被告には右配当を受ける資格がない。

代わって租税債権に次ぐ優先権を有する原告が右と同額の配当を受ける資格がある。

三  被告の主張

現行法上には、本件のような租税の再度にわたる優先権の主張を禁止する旨の規定は存しない。したがって、現行の国税徴収法二六条及び地方税一四条の二〇の各規定の解釈論としては、個々の強制換価手続において同法条所定の租税債権と私債権との競合を生じた場合には、その都度、これらの規定をそのまま適用して換価代金の配当を行えば足り、その際、右競合にかかる租税債権につき、それ以前に実施された別個の強制換価手続において同法条所定の調整がなされたことがある否かを検討、斟酌する必要はないものと解すべきである。換言すれば、右配当により、結果的に根抵当権者が不利益を受けることがあるとしても、それは租税の一般的優先の原則上やむをえない結論であって、その限度で根抵当権者の予測可能性は制限を受けているものと解するほかはない。強制換価手続の性格上、私債権と租税債権の優先関係は形式的・一義的に決せられなければならず、本件において、明文の規定に反して原告の被担保債権が被告の前示租税債権に優先するとの解釈は採りえないことは明らかである。

四  争点

先行する競売事件の配当手続において、私債権に対し優先権を行使した租税債権は、差押先着手の結果、現実には配当を受けることができなった場合には、後行する競売事件の配当手続においても、反復的に優先権を行使することができるか。

第三争点に対する判断

一  ≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。

1  第一、第二競売事件及び本件競売事件は、いずれも債権者原告から債務者東栄不動産株式会社に対し、同社所有の不動産についてなされた不動産競売事件であるが、原告が有する根抵当権及び競売物件を異にするものである。

2  本件配当手続において、法定納期限が本件根抵当権の設定登記日である平成二年六月二七日に優先する租税債権は次のとおりである。

(一) 被告(東京都主税局)      一四五万六六〇〇円

(内訳)

① 平成元年度不動産取得税      税額四〇万二四〇〇円

法定納期限、平成二年二月二日

② 平成元年度不動産取得税      税額三一万二二〇〇円

法定納期限 平成二年三月五日

③ 平成二年度固定資産税・都市計画税 税額一〇万九〇〇〇円

法定納期限 平成二年五月一日

④ 平成二年度固定資産税・都市計画税 税額一〇万九〇〇〇円

法定納期限 平成二年五月一日

⑤ 右①ないし④に対する延滞税

(二) 東京国税局            四〇万八〇〇〇円

⑥ 平成元年度法人税の延滞税四〇万八〇〇〇円

法定納期限 平成二年五月一日

3  第一競売事件の配当手続において、原告の根抵当権設定登記日である平成二年九月二七日に優先する租税債権額は合計四六九万二二〇〇円であり、右①ないし⑥の各租税債権はこれに含まれていたが、差押先着手により交付要求を先にする他の租税債権に劣後するため、右①ないし、⑥の各租税債権はいずれも現実には配当を受けることができなかった。

4  第二競売事件の配当手続において、原告の根抵当権設定登記日である平成二年二月二七日に優先する租税債権額は、右①の租税債権及びこれに対する延滞税の合計六五万二七〇〇円であったが、差押先着手により交付要求を先にする他の租税債権に劣後するため、右①の租税債権及びこれに対する延滞税は現実には配当を受けることができなかった。

二  右認定のとおり、本件配当手続において原告の債権に優先するとされた租税債権は、いずれも第一又は第二競売事件の配当手続において原告の債権に優先するとされた租税債権であるが、これらは、第一、第二競売事件の配当手続において、私債権に優先する租税債権グループの総額を決定するため用いられただけであって、他の租税債権に劣後するため、現実には配当を受けなかったのであるから、それらが消滅することなく存続していることは明らかである。

ところで、原告は、既に一旦私債権に対し優先権を行使した租税債権について更に優先権を認めるべきではない旨主張する。確かに、かかる再度の優先権の主張が許されると、法定納期限を基準として債務者の滞納税額を把握し抵当権又は根抵当権を設定した債権者に、不測の不利益を招来することのあることは否定し難い。しかしながら、現行法上には、右のような租税の再度にわたる優先権の主張を禁止する旨の規定は存しないのであるから、現行の国税徴収法二六条及び地方税法一四条の二〇の各規定の解釈論としては、個々の強制換価手続において同法条所定の租税債権と私債権との競合が生じた場合には、その都度、これらの規定をそのまま適用して換価代金の配当を行えば足り、その際、右競合にかかる租税債権につき、それ以前に実施された別個の強制換価手続において同法条所定の調整がなされたことがあるか否かを検討、斟酌する必要はないと解さざるを得ない。その結果、抵当権者又は根抵当権者が不利益を受けることがあるとしても、それは租税の一般的優先の原則上やむをえない結論であって、その限度で抵当権者又は根抵当権者の予測可能性は制限を受けているものというべきである。強制換価手続の性格上、私債権と租税債権の優先関係は形式的・一義的に決せられなければならず、本件において、明文の規定に反して原告の被担保債権が被告らの前示租税債権に優先するとの解釈は採りえない。

よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 森高重久)

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